企業価値評価の基礎知識 DCF法の仕組みと計算例

企業価値評価の基礎知識 DCF法の仕組みと計算例

企業価値算定の代表的な手法の一つに、「DCF法」があります。

DCFはDiscounted Cash Flowの略で、「割引キャッシュフロー法」と表現されることもあります。DCF法は、事業が生み出す期待キャッシュフロー全体を割引率で割り引いて企業価値を算出する方法です。

今日は、このDCF法についての基本を理解した上で、簡単なケーススタディからさらに深く学んでいきましょう。

DCF法とは何か

DCF法(Discounted Cash Flow法)とは、事業が生み出す期待キャッシュフロー全体を割引率で割り引いて、企業価値を算出する方法です。

DCF法による企業価値算出式は次のとおり。

企業価値 = 企業が生み出すフリーキャッシュフローの期待値を加重平均資本コスト(WACC)で割り引いた現在価値

「事業が生み出すキャッシュフロー」とは、最終的に「債権者と株主に分配可能なキャッシュフロー」のことで、一般的にフリーキャッシュフローと呼ばれています。
フリーキャッシュフローという言葉は、しばしば株主に分配可能なキャッシュフローのみを指す場合もあり、混同されがちですので注意しましょう。

次は、このフリーキャッシュフローの定義と、割引率算定に用いる資本コストの概念についてもっと詳しく説明していきます。

FCF(フリーキャッシュフロー)

企業価値を求める場合のフリーキャッシュフロー(FCF)とは、政府に税金を支払い、事業に必要な投資を行った後に債権者と株主に分配可能なキャッシュフローのことを指します。

フリーキャッシュフロー = 営業利益 × (1-法人税率) + 減価償却費 ± 運転資本増減額 - 設備投資額

この式で表されるように、フリーキャッシュフローは、営業利益から法人税相当分を差し引いた純利益に減価償却費を加えます。そこから売上債権及び棚卸資産と買入債務の差額である運転資本の増加額を控除(運転資本の減少額を加算)した営業キャッシュフローから、さらに、固定資産に対する投資である設備投資額を控除して計算します。

フリーキャッシュフロー計算時には、特に以下のポイントに留意することが必要です。

1. 支払利息

企業価値を求める際には、事業全体の(債権者と株主に分配可能な)キャッシュフローを計算する必要があるので、支払利息を差し引いてはならない。

2. キャッシュフローへの加算

減価償却費などの現金支出を伴わない費用は、キャッシュフローに加算する。

3. 資本コストでの調整

法人税額は投資家には還元されない部分であり、キャッシュフローにおける控除項目だが、実際の税額を引くのではなく、営業利益に(1―法人税額)をかけて算出する。
負債がある企業では、支払利息の節税効果が発生し、債権者と株主に対するキャッシュフローが増加するが、この節税効果は割引率、つまり資本コストで調整する。
負債の有無に関わらず、株主資本100%の場合のキャッシュフローを用いることになる。

以上のように、DCF法におけるキャッシュフロー計算は、税務会計上の利益の計算とは異なる点が多々あることに留意する必要があります。また、キャッシュフロー計算書しか与えられていない場合、次の公式でフリーキャッシュフローを導き出すことができます。

フリーキャッシュフロー = 営業活動によるキャッシュフロー + 投資活動によるキャッシュフロー + 利息の支払額 × (1-法人税率)

DCF法による企業価値評価で用いるフリーキャッシュフローは、株主及び債権者に分配されるキャッシュフローです。従って、債権者に分配されるキャッシュフローである「利息の支払額」を控除する前の金額でなければなりません。財務諸表分析で使われるフリーキャッシュフローの定義とも微妙に異なることにも注意が必要です。

資本コスト

割引率はDCF法を用いる上で必要不可欠なファクターで、将来発生が見込まれるキャッシュフローを現在価値に割り引くための掛け目です。

企業価値の計算に用いる割引率を求める場合、加重平均資本コスト(WACC)を用いるケースが一般的です。WACCは、株主資本コストと負債資本コストを加重平均して求められる資本コストです。

DCF法では、分子に「株主に帰属するキャッシュフローと株主債権者に帰属するキャッシュフローを合わせたもの」を用います。
分母の割引率も「株主の要求する収益率と債権者の要求する収益率を合わせた総資本コスト」を用いる必要があることから、この加重平均資本コストWACCを用いるのが適切と考えられます。

具体的なDCF法による企業価値算出式は、フリーキャッシュフローと割引率を用いて、以下のような式になります。

フリーキャッシュフローが一定 (ゼロ成長)の場合
企業価値 = フリーキャッシュフロー ÷ 加重平均資本コスト

 

フリーキャッシュフローが定率成長の場合
企業価値 = フリーキャッシュフロー ÷ (加重平均資本コスト - フリーキャッシュフロー成長率)

企業価値・株式価値とは

企業価値評価の手法の代表格としてDCF法をご紹介しましたが、この他に、株式価値と負債価値を別々に求め、これらを合計する手法もあり、一般的にはフローアプローチ法と呼ばれます。

企業は株主と債権者から提供された資金を使って事業を行い、事業が生み出すキャッシュフローは株主と債権者に分配されます。株主に帰属するキャッシュフローの価値と、債権者に帰属するキャッシュフローの価値を別々に計算し、合計するという考え方です。

フローアプローチによる企業価値評価
企業価値 = 株式価値 + 負債価値

具体的には、第一項の株式価値と、第二項の負債価値を、以下のような手順で求めます。

第一項の株式価値の計算

株式価値の評価方法には、配当割引モデル(DDM)、株式価値評価DCFモデル、残余利益モデルなど、多様な手法が存在します。
ここでは、代表的な評価方法である定率成長配当割引モデル(DDM)を紹介します。

定率成長配当割引モデル(DDM)
株価 = 1期後の配当 ÷ (割引率 - 配当成長率)

第二項の負債価値の計算

負債価値の計算は、債権者に帰属する期待キャッシュフロー(支払利子)を債権者の要求収益率で現在価値に割り引きます。

「企業価値」と「株式価値」の表現を混同しているケースがたびたび見られます。
上述の通り、株式価値が株主に帰属するキャッシュフローを根拠としているのに対して、企業価値は株式価値のみならず負債価値、すなわち負債債権者に帰属するキャッシュフローも含めた価値を根拠としていることに注意が必要です。

企業価値算定のケーススタディ

それでは、ここまで見てきた企業価値算定の手法を、ケーススタディ事例を題材として利用してみましょう。フローアプローチ法とDCF法の2通りの方法で算出し、それらが一致することを確認していきましょう。

例)

  • 営業利益は毎年一定
  • 負債利子率は4%で毎年一定
  • 負債も一定額を保有し続ける
  • 税引前利益は税額配当される
  • 減価償却費 = 設備投資額
  • 運転資本増加額 = 0
  • 法人税率は40%
  • 株主資本コストは10%で毎年一定

(単位:億円)
営業利益:100
負債利子:20
税引前利益:80
法人税:32
税引後利益:48

それでは、企業価値を計算してみましょう。

Step1:株式価値と負債価値を求める

株式価値は税引後利益=配当額48億円を株主資本コスト10%で割り引けばよい
株式価値 = 48億円 ÷ 10% = 480億円

負債価値は負債利子20億円を負債利子率4%で割り引く
負債価値 = 20億円 ÷ 4% = 500億円

この時点で、フローアプローチ法に基づき、企業価値=株式価値+負債価値より、企業価値=480億円+500億円=980億円と判明しますが、練習のため、DCF法でも算出し、等しくなることを確かめます。

Step2:加重平均資本コスト(WACC)を求める

負債利子率4%、株主資本コスト10%を負債価値額500億円、株式価値480億円で加重平均する。

WACC = 500÷980×4%×(1-40%)+480÷980×10% ≒ 6.12%

Step3:フリーキャッシュフロー(FCF)を求める

FCF = 営業利益 × (1―法人税率) + 減価償却費 - 運転資本増加額 - 設備投資額

ただし、この例では減価償却費=設備投資額、運転資本増加額=0であるから、
FCF = 営業利益 × (1―法人税率) = 100×(1-40%) = 60億円

Step4:企業価値を求める

企業価値 = FCF ÷ WACC であるから、
企業価値 = 60 ÷ 6.12% ≒ 980億円

以上の例より、フローアプローチ法とDCF法の両方によって、企業価値980億円が算出できることが確認できました。

まとめ

ここまで企業価値算定手法の代表格DCF法について見てきましたが、いかがだったでしょうか。

実際に存在する企業の価値を評価する場合には、将来のフリーキャッシュフローをどう見込むか、割引率たる資本コストをいくらと見なすか、成長率をどう見込むかなど、多くの不確定要素について確からしい仮定を置きながら計算します。やや複雑な考察に見えがちでもあります。

しかしながら、そこで行う計算の考え方は、上述の通りシンプルな論理に基づくものですので、決して恐れるに足りないものなのです。

この内容は更新日時点の情報となります。掲載の情報は法改正などにより変更になっている可能性があります。

著 者 田中 仁

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大手総合商社にて10年間勤務し、新規事業開発を中心に資金調達、財務・会計等を担当。 東京のほか、アメリカのベンチャーキャピタルやイギリスの金融機関等にて勤務経験もあり。