原価計算基準を応用した原価管理の運用例
今回が原価管理について3回にわたり説明してきた連載の最終回です。
1回目:原価管理のために押さえておきたい原価計算の基礎知識
2回目:原価計算で押さえておくべき視点と原価管理の重要性
3回目:知っておくべき原価の種類と原価計算の方法
今回は私の会社で行っている原価管理を一例に書いていきたいと思います。これまで説明してきた原価計算を全て利用するのではなく、自社の業務形態にとって原価管理しやすいように選択して採用しています。
通常、組織が大きくなれば管理者は多くなります。人ひとりが管理できる範囲は、どんなに仕事ができる人でも限られます。また管理責任があるといっても、実際細かい部分まですべて管理することはできません。
社長であれば会社全体が把握できる資料を、部長であれば部門全体と部門配下の課やチーム単位での資料といった具合に、管理者によって必要となる資料は異なります。
経理に求められるのは、それぞれの管理者にとって見やすい情報を提供することです。原価計算基準はその情報を作成するのに、とても有効です。
経理プラス:原価計算とは?目的・種類・計算方法・仕訳例など基本知識を解説!
事例でみる原価計算
事例説明の条件
- 部門:「工事部門」「コールセンター部門」「人材派遣部門」
- 原価計算方法:個別原価計算
「個別原価計算」は種類が異なる製品を個別に生産する生産形態に使われる計算方法です。3つの部門のうち「工事部門」がそれにあたります。
しかし、全ての業務について個別原価計算で行っています。ただ厳密な個別原価計算を行っているわけではなく、ベースの処理方法として採用していると言った方がいいかもしれません。
それぞれの部門についてもう少し説明しましょう。
「工事部門」の場合
私の会社の場合、数年間にまたがる大規模な工事案件はありません。しかし、期をまたぐ案件はあります。その際にまだ完成していない売上に対応する原価を当期原価としてしまうと、利益が過少となり脱税行為になってしまう危険性があります。
そのために人件費を工数管理して、未成工事に対応する人件費は完成まで送る処理をしています。このように案件ごとに原価管理をしなければならないため、個別 原価計算を行う必要があります。
「人材派遣部門」の場合
派遣した社員に対して売上が発生しますので、個別原価計算で収支を見るべき業務です。
「コールセンター部門」の場合
様々な会社の業務代行を行っており、1人が1つの会社を担当するわけではなく、複数人が複数社の対応をしますので、個別原価計算にそわない業務です。
このように「工事部門」「人材派遣部門」は案件ごとで利益が取れるかどうかが受注の可否判断になります。それに対して「コールセンター部門」は、受注金額に対して新しく必要となる費用が賄えるかどうかが、受注の可否判断になります。
部門によって必要となる情報が異なる状態で、どのように分類をしているのか順を追って説明します。
原価計算の分類基準
1.形態別分類
『財務会計における費用の発生を基礎とする分類,すなわち原価発生の形態による分類であり,原価要素は,この分類基準によってこれを材料費,労務費および経費に属する各費目に分類する。』
引用:原価計算基準,第二章 実際原価の計算,第一節 製造原価要素の分類基準
この分類を応用して、私の会社での実態に合うように分類を設定しています。
表1
01工事部門 | 02コールセンター部門 | 03人材派遣部門 | |
---|---|---|---|
01売上 | 01売上 | 01売上 | |
02材料費 | |||
03外部発注費 | 03外部発注費 | ||
04スタッフ派遣費 | |||
05派遣社員費 | |||
06人件費 | 06人件費 | 06人件費 | |
07経費 | 07経費 | 07経費 | |
部門利益 | 部門利益 | 部門利益 |
分類補足
- 02材料費・・・工事部門では工事に使用する部材、物品販売部門では販売する物品
- 03外部発注費・・・外部へ業務を委託したものの費用
- 04スタッフ派遣費・・・売上と個別対応関係となっている派遣した社員の人件費
- 05派遣社員費・・・派遣会社から受け入れている社員に人件費
- 06人件費・・・正社員・契約社員・パート等の人件費
- 07経費・・・賃借料や旅費交通費交際費等
2.製品との関連における分類
『製品に対する原価発生の態様,すなわち原価の発生が一定単位の製品の生成に関して直接的に認識されるかどうかの性質上の区別による分類であり,原価要素は,この分類基準によってこれを直接費と間接費とに分類する。』
引用:原価計算基準,第二章 実際原価の計算,第一節 製造原価要素の分類基準
「表1」の工事部門を分類してみます。
表2
案件A | 案件B | 部門内共通費 | |||
---|---|---|---|---|---|
直接費 | 間接費 | 直接費 | 間接費 | ||
01売上 | 01売上 | ||||
02材料費 | 02材料費 | 02材料費 | 02材料費 | ||
03外部発注費 | 03外部発注費 | ||||
05人件費 | 05人件費 | 05人件費 | |||
06経費 | 06経費 | 06経費 | |||
案件A利益 | 案件B利益 | ||||
部門利益 |
部門内で発生する費用には、案件に対して発生する費用(個別原価)と部門全体にかかる費用(共通原価)があります。共通原価の代表的なものは事務所の家賃や水道光熱費などがあり、いわゆる固定費と呼ばれるものが主なものになります。
人件費は一般的には固定費ですが、工事のように期をまたがるものについては、工数管理を行い案件へ割り振る処理が必要となります。
この場合、案件Aや案件Bに対して発生する費用の管理は、それぞれの案件担当者が行います。それに対して部門内共通費は部門管理者が行います。
コスト管理の視点から考えると、できるだけ部門内共通費にならないように案件の費用とする方が望ましいです。
3.部門個別費と部門共通費
『原価要素を発生したことが直接的に認識されるかどうかによって,部門個別費と部門共通費とに分類する。
部門個別費は,原価部門における発生額を直接に当該部門に賦課し,部門共通費は,原価要素別に又はその性質に基づいて分類された原価要素群別にもしくは一括して,適当な配賦基準によって関係各部門に配賦する。』
引用:原価計算基準,第二章 実際原価の計算,第三節 原価の部門別計算
表3
部門個別費 | 部門共通費 | |||
---|---|---|---|---|
01工事部門 | 02コールセンター部門 | 03人材派遣部門 | 00全社共通 | |
01売上 | 01売上 | 01売上 | ||
部門原価計 | 部門原価計 | 部門原価計 | ||
部門利益 | 部門利益 | 部門利益 | ||
07経費 | ||||
売上総利益 | ||||
販売管理費 | ||||
営業利益 |
※各部門の02材料費~07経費は部門原価計にてまとめています。
原価は原則部門費用として処理することになっていますが、どの部門費用とすべきなのか判断が難しい費用については、「00全社共通」で集計します。全部門の部門利益から全社共通経費を引いたものが「売上総利益」となり、販売管理費を引いたものが「営業利益」となります。
4.原価の管理可能性に基づく分類
『原価の管理可能性に基づく分類とは,原価の発生が一定の管理者層によって管理しうるかどうかの分類であり,原価要素は,この分類基準によってこれを管理可能費と管理不能費とに分類する。下級管理者層にとって管理不能費であるものも,上級管理者層にとっては管理可能費となることがある。』
引用:原価計算基準,第二章 実際原価の計算,第一節 製造原価要素の分類基準
立場によって会社で見る資料は異なると書きました。何を見るべきか、どのような情報を提供するべきか、これらは管理可能性に着目するのがわかりやすいです。
たとえばA部門で発生する費用はB部門で管理することはできません。それなのにB部門の費用をA部門に負担させるようなことがあれば、A部門管理者がきちんと管理をしても、部門業績が悪くなってしまいます。
それは部門共通費の「配賦」にも同じことが言えます。原価計算基準では「共通費」や「間接費」を決められた基準に従って配賦するという考え方があります。
表3を配賦するとこのようになります。
表4
01工事部門 | 02コールセンター部門 | 03人材派遣部門 | ||
---|---|---|---|---|
部門個別費 | 01売上 | 01売上 | 01売上 | |
部門原価計 | 部門原価計 | 部門原価計 | ||
部門利益 | 部門利益 | 部門利益 | ||
部門共通費 | 07経費 | 07経費 | 07経費 | |
売上総利益 | 売上総利益 | 売上総利益 | ||
販売管理費 | 販売管理費 | 販売管理費 | ||
営業利益 | 営業利益 | 営業利益 |
しかし、私の場合、社内用資料では配賦はしません。異なる業務であるため、各部門を納得させる配賦基準を設定することが難しいためです。
たとえば、売上基準で行った場合、売上が多ければそれだけ負担額も大きくなります。もちろん売上が多ければそれだけ間接費や共通費がかかっているという考え方は間違いではありません。
間違いではありませんが、頑張るほどに自分の管理できない費用を負担させられているとなってしまいます。また共通費を配賦した結果、部門営業利益がマイナスになった場合、その部門は儲かっていないと見えてしまいます。
その数字を判断基準に赤字部門を廃止する決断を下してしまったら問題です。その部門により賄われていた部門共通費が、他の部門に乗っかりますので会社全体としての数字は悪くなります。
そのため、配賦後の数字でみるのではなく、あくまで管理可能な部門利益を評価の数字を使うべきです。
まとめ
原価計算基準の一例として、私の会社の一部を例に説明しました。経理向けに書かれている書籍では、管理会計の重要性について書かれていることが多いです。管理会計をどのように組み立てるのかを考える場合、原価計算基準が参考になります。
原価管理の方法は業種業態、会社によっても異なります。どのような方法行うのが自社にとってベストなのか、原価計算基準を参考に見直しをしてみてはいかがでしょうか。
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