課税時期のズレが生んだ繰延税金資産・繰延税金負債とは?

課税時期のズレが生んだ繰延税金資産・繰延税金負債とは?

特に大企業の決算書を見てみると繰延税金資産、繰延税金負債という項目が出てきます。この項目はどのような意味があって、どのように計上されているのでしょうか?
今回はその概略について学ぶとともに、会社法改正に伴う表記方法の変更についても確認してみましょう。

会計には種類がある

最初に、会計というのはその目的に応じていくつかの種類があります。細分化をすることも可能ですが、今回は3つに絞って説明します。

企業会計

会計の最もベースとなるもの。企業の業績(期間利益や財政状態、キャッシュフローなど)を外部の利害関係者(株主や金融機関、取引先など)に対して開示するために用いられます。特に企業の地力を示す利益の計算について、非常に注目されています。

管理会計

企業の内部関係者が生産計画や在庫管理を目的として使用する会計。損益分岐点の分析などが有名です。

税務会計

税金を計算するための会計です。税務単独での会計制度は有しておらず、企業会計に特定の調整を加えることで用いられます。

概要を説明しましたが、ここで重要なのは以下の点です。

企業会計 ≠ 税務会計

実は両会計制度が一致しないことが、今回紹介する繰延税金資産と繰延税金負債が発生する原因となるのです。

費用や収益の計上時期が異なる

企業会計の目的は「外部関係者に対する業績の開示」でした。たとえば、みなさんが株式投資を検討していると仮定します。どの会社の株式を購入しようか検討するとき、やはりその企業の決算書はしっかりとチェックすることでしょう。もしその企業が保有している土地に、以下のものがあったとしたらいかがでしょうか?

例) 購入をしたときは100億円だった土地。現在は時価で30億円。

明らかに高値づかみをしてしまった土地について、買ったときの100億円として放置するのと、現在の時価である30億円に合わせるのとでは、どちらがより適切な業績の開示と言えるでしょうか?やはり70億円分だけ土地の金額を下げるほうが、外部利害関係者に対しては「適切な情報を開示している」と言えるのではないかと思います。つまり、企業会計ではこのような場合に「時価で資産を評価すべし」ということを推奨しています。

その一方、税務会計の立場で考えてみます。税務会計というのは、要するに課税する側の理屈にもとづいてルールが決まっています。税務署の立場からすれば、上記で計上された70億円の評価損失は「まだ確定していない費用なのだから、税金計算上は無視する」という考え方を採用します。税務会計の原則は取得原価主義、つまり「買ったときの値段で資産は評価すべし」「損失は売却や廃棄をして確定した時点で費用として処理すべし」ということをルールとしています。

ここで企業会計と税務会計が泣き別れとなってしまいました。企業会計では70億円の費用が計上されたのに対して、税務会計では一切計上が認められていません。ここで企業会計の側で、次のような対応をすることになりました。

  • 現在生じている企業会計と税務会計のズレは一時的なものである。
  • いずれ当該の土地の売却があれば、このズレは解消される。
  • ズレが残っている間は、企業会計の立場からすると税金を過大に納めている状況となる。
    企業会計は70億円を経費と考えているにも関わらず、税務で認めないからである。
  • 仮に税率を30%とすると、70億円×30% = 21億円が過大な納税額である。
  • 言い換えると、この21億円は「税金の前払い」と捉えることができる。
  • そのため、この21億円を前払い税金として資産計上をしよう。

このような理屈の結果生まれたのが、繰延税金資産なのです。
ちなみに、種類は少ないですが繰延税金負債は企業が合併したようなときに計上されることが多いです。

  • 企業の合併により、価値が大きく増大した(と考えている)。
  • 企業会計の立場からすると、価値増大分について売上を計上すべきだ。
  • しかし税務会計側では、そのような実現していない売上に対してまで課税はしない。
  • 企業会計の立場からすると「当期で計上すべき売上」が税務で見過ごされた。
  • 見逃された売上が50億円とすると、税率30%で15億円の税金が過少納税である。
  • その過少納税分を未払い税金として負債計上しよう。

繰延税金資産、繰延税金負債はこのような企業会計側の理屈によって生まれました。

粉飾に使われた例もある?

実は繰延税金資産(負債)の計上にあたっては、次のようなことが前提となります。

  • 将来に渡り、当該企業が利益を計上し相当額の納税が見込まれること

先程確認した通り、これらの項目は「将来生じるであろう課税に対する調整」です。仮に業績が悪化しており損失計上が続いているような場合には、そもそも調整すべき税金がありません。つまり繰延税金資産(負債)の計上は、企業としては、

  • ウチの企業は将来に渡って利益を計上し続け、税金を納めますよ

という意見表明の一環と考えることができるのです。そして、この制度が始まって以降、過剰な繰延税金資産の計上による粉飾とも思われるような決算書も散見されるようになりました。企業会計の歴史上、繰延税金資産(負債)はまだ登場から日が浅く、その取り扱いについて様々な議論が続いています。

その一環として、会社法の改正に伴い繰延税金資産および負債の表記場所が変更となりました。これまでは繰延税金資産および負債の発生原因となった項目に応じて表示箇所が違いましたが、改正後は資産については「投資その他の資産」に、負債については「固定負債」に計上されることとなりました。これは国際的な基準に併せての変更と言われています。

繰延税金資産および負債は、中小法人で導入している例はまれです。ただ企業会計と税務会計には違いがある、ということを学ぶためには知っておいた方が良い項目とも言えるでしょう。

まとめ

会計にはいくつかの種類があり、外部利害関係者が用いる企業会計と税金を計算するための税務会計では、売上や費用の計上時期が異なります。そのことにより生じる課税時期のズレを調整するのが繰延税金資産(負債)です。本制度の開始後、悪用するような企業も出てきたことから随時改正が図られています。

この内容は更新日時点の情報となります。掲載の情報は法改正などにより変更になっている可能性があります。

著 者 税理士 高橋 昌也

税理士 高橋 昌也

高橋昌也税理士・FP事務所 税理士 1978年神奈川県生まれ。2006年税理士試験に合格し、翌年3月高橋昌也税理士事務所を開業。その後、ファイナンシャルプランナー資格取得、商工会議所認定ビジネス法務エキスパートの称号取得などを経て、現在に至る。

高橋昌也税理士・FP事務所