「あるべき現預金残高は月商の何倍」という考え方は本当に正しいのか

多くの経営課題の中で、経営者の最も頭を悩ませる課題は、やはり資金でしょう。すでに資金繰りが苦しくなってしまっているのは問題ですが、中小企業経営者から多く受ける質問の1つに、「会社は通常、いくらぐらい現預金を持っておくのが良いのか」というものがあります。もちろん、現預金は多ければ多いほど良いのかもしれません。

しかし、現実的に目指すべき現預金の目安というものがあるはずです。世の中で良く耳にする目安の1つに、「月商の3か月分」という指標がありますが、この指標は本当に正しいものなのでしょうか。その根拠を考えてみます。

 

財務とは現預金≧借入金

当然のことながら、盤石な会社を作るには、現預金を多く持っておく必要があります。いくら貸借対照表の資産の部に様々な形で資産が載っていたとしても、陳腐化した在庫や、滞留売掛金、自社の建物が建っている土地など、いざという時にすぐにキャッシュに変換することができない資産は多くあります。たとえ「総資産」はあるといっても、現預金の形にできなければ緊急時に会社を守ることはできません。
財務的に健全な会社にすることを、一般的に「財務体質を良くする」という言い方をします。この「財務体質を良くする」とは、言い換えれば、「貸借対照表を良くする」ということを指しています。そして、この「貸借対照表を良くする」ということを突き詰めると、財務とは一言で、現預金≧借入金ということになります。
つまり、現預金が借入金よりも多い状態である「実質無借金」を目指し、さらに、この差を年々大きくしていくことが、財務体質を良くするということなのです。一概に、「借入金がある=悪」ということではありません。借入金をいつでも返せるくらいの現預金残高を目指すことが、安全な経営をしていくうえで最も大事なことなのです。

 

借入金に頼る「ムダ」とは

しかし、いくら現預金が手元に多くあったとしも、借入金に頼りすぎている経営は、必ずムダが多くなります。支払利息のムダはわかりやすいですが、当然、借りたからにはそのお金は返済しなければいけません。そのためには必ず利益を出す必要があります。借入金の本質は、「利益の前倒し」だからです。利益が出せず、返済能力がない会社は、銀行からの追加借入ができなくなります。
ですから、常に返済のための利益を出し続けなければ、資金は必ず回らなくなります。借入が多いことで、過大な利益を目指さなければいけなくなっているのです。実質無借金であれば、そもそも、そんなに利益を出す必要はないのです。

また経営者の思考のムダとして、いつも銀行を意識した経営をしなくてはいけなくなります。これは、会社にとって大きなムダです。本来、経営者の仕事は、戦略を立て、商品やサービスを考え、社員やお客様のための経営をすべきです。
しかし、銀行の方だけを向いている、借りるために経営をしているような残念な中小企業をよく見かけます。「借りられる時に借りられるだけ借りろ」という意見もありますが、実際にはこのような無策ともいえる資金管理で、逆に資金が回らなくなっている会社を多く見かけます。

 

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業種によって「月商」は全く違う

しかしながら、今、手元に現預金がなければ、もちろん借入をする必要があります。借入をせずに、少ない現預金だけで経営をしていては、会社は成長できません。それでは、その現預金はいったい、いくらを目指せば良いのでしょうか。
世の中には「月商の3か月分は持たなければいけない」という言葉もあります。この月商3か月分の根拠は何なのでしょうか。例えば、災害などのトラブルがあり、今月入るべき売掛金の入金が1円も入らなかったとします。その際、さすがに月商の1か月分くらいは先に手元に持っていないと、月末に支払う買掛金や社員のお給料などを考えると、危険であるということは間違いないでしょう。

しかし、貸借対照表の項目である現預金の必要金額を、損益計算書の「月商」を目安にして計算することは、正しい考え方なのでしょうか。単純に「月商」といっても、業種によって、その金額は大きく変わります。会社の規模ではなく、業種によって、実は大きく変わるのです。
例えば、社員数20名で、毎月、同じ固定費、同じ経常利益を出す2社で考えてみます。2社とも、毎月稼ぐ粗利益額は1,000万円、固定費は800万円で、経常利益200万円を出す会社だとします。1社は粗利益率50%の製造業、もう1社は粗利益率10%の卸売業の場合、この1,000万円の粗利益額を稼ぐためには、粗利益率50%の製造業では2,000万円の売上(月商)、粗利益率10%の卸売業であれば1億円の売上(月商)が必要になるということになります。

ここで、両社に不足する運転資金はいくらになるでしょうか。同じ1か月の入金条件、支払条件であれば、製造業は売掛金が2,000万円、買掛金が1,000万円になります。その差額の1,000万円が運転資金として不足するということになります。卸売業の会社は、売掛金1億円、買掛金が9,000万円になりますので、やはり差額の1,000万円の運転資金が不足します。つまり、すべての条件が同じであった場合には、仕入れをして販売をするために継続的に不足する資金は、両社とも1,000万円なのです。
どの会社でも、常に持っておくべき現預金が「月商の3か月分」が目安という、月商ベースで計算してしまうと、同じ従業員数、同じ固定費を支払う会社であっても、製造業の場合は月商の3倍の6,000万円が手元に必要で、卸売業の場合は3億円も必要だということになってしまうのです。

 

現預金の必要額はB/Sから計算する

B/Sの現預金の目安を、P/Lの月商では単純に計算できないとなると、現預金の必要額は、やはり、B/Sから考える方が自然です。理想は、「総資産の33%を現預金で持つ」ことが目標です。まず、B/Sの右側からイメージしていきます。上から、買掛金や未払金などの支払債務を、総資産の1/3と考え、借入金残高を1/3、自己資本を1/3の状態を目指します。この場合、総資産の1/3が自己資本ですから、自己資本比率は33%ということになり、十分、健全な企業と言えるでしょう。
買掛金や未払金は事業を継続するうえでは0にはできないので、常に1/3くらいの一定金額は残ります。そうすると、差額で借入金は総資産の33%くらいは残っていても良いことになります。総資産10億円の会社であれば、3.3億円の借入金残高ということになります。

中小企業が目指すべきは、前述したとおり、「実質無借金」です。現預金が少なければ、まずは現預金が総資産の33%になるまで借入をします。その結果、借入金が総資産の33%を超えてもかまいません。その後に、B/Sの左側の圧縮と内部留保で借入金が33%になるように減らしていき、現預金3.3億=借入金3.3億=自己資本3.3億を目指します。ですから、企業が持っておくべき理想の現預金残高は、「総資産の33%」が目安ということになるのです。

 

まとめ

「借りられる時に借りられるだけ借りる」といったような方針で、過大な借金を抱えながら、この指標をすでに大きく超えている会社は、明らかにムダに借りていると考えて良いでしょう。
一方で、この指標に到達できるほど現預金を確保できている中小企業は、決して多くありません。「総資産の33%の現預金」を目標に、未来の貸借対照表を設計してみてはいかがでしょうか。

 

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● 著者

株式会社古田土経営 執行役員 川名 徹

株式会社古田土経営 執行役員 川名 徹

京セラ株式会社で営業・マーケティングを7年間経験後、毎月、中小企業2,200社の財務指導をしている古田土会計グループにて、会計・税務に携わる。 現在は、経営者向けの財務コンサルの他、同業者向けコンサル「会計事務所 経営支援塾」や、一般企業の経理向け「財務責任者 養成講座」などの企画・運営を行っている。

税理士法人古田土会計