監査報酬の見積りの裏側と交渉のコツ

監査報酬の見積りの裏側と交渉のコツ

監査報酬の見積もりはいつ取るべき?

一時期は人余りとなり、難しい国家試験に合格しても監査法人に就職できなかった公認会計士業界ですが、昨今は大幅な人手不足となっています。このことは、監査報酬の見積もり時期、すなわち監査契約締結交渉のタイミングにも微妙に関わってくることをご存知でしょうか。

毎年計画採用の大手監査法人は別ですが、中小監査法人では、いくら会計士が人手不足だと言っても、むやみやたらに採用はできません。修行途中の会計士補であってもけっこうな人件費がかかるのですから、確実に新規クライアントが獲得できる見込みの範囲でしか新採用は行えないのです。そんな当面戦力にならない会計士補を事務所が抱えられるかどうか、その経営意思決定は、会計士試験合格者発表前に、どれだけ新規クライアントが獲得できそうかという状況によるのです。ということは、この時期に中小監査法人と新規クライアント候補として見積もりを取る事は、交渉時期として良いタイミングだと言えるのであります。

ただし、同じような状況でも大手監査法人は違います。大手は年中会計士の追加採用を行っており、株主総会後などには監査法人の交代も良く行われますが、この時期が特に新規クライアントにとって有利な交渉時期であるとは限りません。

大手監査法人との契約交渉は、証券会社や社内会計士(それも大手出身)等、専門家を交えて行うべきです。大手監査法人への依頼を考えている企業は、すでに証券会社等も決まっているでしょうから、監査報酬の見積もり時期において何時が良いかは、あまり関係無いかもしれません。

大手の監査法人と個人では金額差があるの?

「監査業務はクライアント毎に異なるテイラーメイド型の高度専門職業サービスであり、コモディティ的な価格競争は排除されるべき」とは、日本公認会計士協会の発表です。この様な発表が行われるように、監査法人や会計士により、異なる監査報酬を提示することも起こりうるのが現実です。それゆえ、継続契約中であっても、毎年相見積もり取るという企業も見られます。

一方、監査作業の本質は、専門家による工数計算の集まりです(1日の単価×作業人数)。まさしくソフト業務なのであります。この単価がベテランと若手、資格の有無で変わる他は、基本的に大手も個人も他は変わるところはないのですが、実態としては大手と個人ではかなりの違いが見られる様です。一般的ですが、監査報酬は1日10万円~15万円程度で横並びしています。しかし、大手の場合は、様々なオプション条項により、結果として「大手監査法人」だからのお墨付き分だけ高額報酬になる様です。

なお、あまりに安い監査報酬は、それが法人だろうと個人だろうと、監査が適切に実施されているか疑問を生じるところです。監査実務はクライアントごとに個々別々の作業の積み重ねであり、適正な監査報酬も支払えないクライアントに、有効な内部統制が機能しているとは想像し難いでしょう。その点からも、極端に安い監査報酬で引き受けてもらうことは、会社自体の信用棄損にもつながりかねない恐れがあるのです。

見積額は交渉次第で減額可能なのか

監査法人も資源が無限にあるわけではなく、いかに効率良く監査を行うか、という事を絶えず考えています。という事は、監査効率の良いクライアント相手なら、監査報酬の交渉に応じる可能性は大なのです。効率良い監査の条件とは、クライアントの内部統制がいかにしっかりしているかに関わります。つまり、外部監査が無くとも正しく運営されている様な会社なら、監査工数も減らす事が可能なわけです。

もっとも、中小企業にはそんな内部統制など出来ていないことが普通だと思います。だからこそ、上場を目指す時になって、やっと証券会社や会計士の指導を受けて、内部統制制度を構築し始めるのです。それらの手間が掛かれば掛かるほど、報酬額も上昇せざるを得ないのは致し方ありませんが、いくらかでも削減することは可能です。
1つには、できる限り市販の会計や営業ソフト(安物では無く!)を採用し、クライアント独自という監査項目を極力減らす事です。市販ソフトは会計監査をも念頭に置いていますから、オリジナルソフトの様なソフト自体の適正性を調べる必要が無いのです。

もう1つは、専門家を自社に採用してしまう方法です。監査法人からの修正要望等に素早く応えられるようになりますし、会社側の意思を監査法人に通したい場面などで、経営者に代わって主張ができるメリットも生まれます。
なお、いわゆる値引き交渉ですが、これは監査法人側というより、クライアント側の状況が大きく影響します。たとえば、どれだけ内部統制がしっかりしていても、そもそもグループ会社数や事業所数が多い、あるいは特殊業域や遠隔地域とあっては、監査の本質が時間労働である以上、値引き交渉は難しいと考えるべきです(引き受けられる監査法人も限定されてきます)。それでも値引き交渉を希望するのであれば、それは一般企業どうしの交渉とまったく同じ手法になるものと言えましょう。

まとめ:監査報酬は開示される

監査報酬は、有価証券報告書において、提出会社と連結子会社に区分した統一様式で監査報酬と非監査報酬を記載することが要求される様になり、企業において監査報酬がいかに負担の重い経費であるかが一般にも認識されるようになりました。一方で、監査報酬額は、どの企業も売上高の一定割合の範囲に収まるという実態もわかり、企業規模や業種から考えると、極端に高い監査報酬もあり得ないというのが実情かと思います。そして、極端に安い監査報酬の場合は、何か不可思議なことであると捉えられてもおかしくありません。もちろん、その事についてきちんと説明できれば別です。

この様に、極端に安い監査報酬は、その監査法人が知られた存在でない限り、むしろ企業の信用棄損へとつながりかねない面もあるのです。それでも、少しでも監査報酬を減らすためには、継続監査であれば監査法人との良好な関係を保つ事での業務工数削減であり、新規であれば、いかに監査に協力できる体制にあるかを、どれだけ客観的にアピールできるかでありましょう。

重要なことは、監査報酬交渉も大切ですが、監査契約をしてもらえるか否か、と言う本質的な方なのです。株式公開以外でも、監査報告書が必要な企業状況は日々増えています。会計期間の途中で監査人が降りてしまったという話はけっこう聞かれます。その代りがすぐに見つかるわけではないのが、監査業界でもあります。そこに、値引き交渉にも応じるが、監査契約も何時でもできるわけではないという、監査独特の環境が存在しているのです。

この内容は更新日時点の情報となります。掲載の情報は法改正などにより変更になっている可能性があります。

著 者 齋藤 茂造

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会計事務所入社後、株式会社アスキーにて管理本部経理財務・事業開発室長、CSKグループ企業で経営企画や営業推進責任者を担当。その後、ソフトバンク株式会社にて証券市場撤退の後始末等を経験するなかで、経産省産学経営支援専門家に選任、現在も産学連携コーディネーターとして活躍