中小企業は「ファイナンス思考」ではなく「B/S思考」を目指せ

中小企業は「ファイナンス思考」ではなく「B/S思考」を目指せ

2018年に会計・財務関連で話題になった本の1つに、シニフィアン株式会社代表である朝倉 祐介氏の「ファイナンス思考」があります。著者は元マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタント出身で、代表取締役としてミクシィを再建するなど、理論、実務能力とも兼ね備えた経営者です。
本書で指摘している内容は、シンプルであり、かつ、奥が深い。経理、財務に携わる者であれば、一度は手に取ってみる価値がある本ではないでしょうか。

ファイナンス思考とは

ここに書かれている主旨は、次の3つに集約されます。

  1. 日本企業の多くは「会社の価値向上」ではなく、目先のP/L(損益計算書)の指標である「売上や利益の最大化」を目的にしており、短絡的な思考が根づいている。
    これを本書では「PL脳」と呼んでいる。
  2. 経営者は、長期的な目線に立って事業や財務に関する戦略を総合的に組み立て、会社の企業価値を最大限、高めなければならない。
  3. そのためには、価値志向、長期志向、未来志向を特徴とする「ファイナンス思考」を取り入れ、「PL脳」から脱却することが求められている。

具体的に「ファイナンス思考」という言葉の意味することは、「将来に稼ぐと期待できるお金の総額を最大化しようとする未来志向の発想」と言えます。一方で、著者が警鐘を鳴らす、従来型の日本企業の思考である「P/L脳」とは、「目先の売上や利益を最大化することを目的にした短絡的な発想」です。そして、高度経済成長期時代から引きずる、このP/L脳が長く日本企業を蝕んでいるというのです。

高度成長期のように、拡大していく市場についていけばよかった時代であれば、ファイナンス思考は必要なかったでしょう。しかし、現在のように成熟した、先行き不透明な時代になると、未来に対する構想や判断が、以前よりずっと重要になってきます。そのために、外部からお金を調達して、それを先行投資に回し、たとえ赤字が続いても将来の大きなリターンを狙う。そのようなファイナンス思考の重要性が急速に増しているということです。

確かに、前年以上の売上だけは死守しよう、経常利益を1円でも増益にしようと、決算期末ぎりぎりまで大号令をかける中小企業経営者を多く見かけます。また経営者だけではなく、メディアや投資家まで、増収増益、減収減益という言葉に代表されるように、P/Lの向上=会社の価値向上であるかのような表現が蔓延しています。
著者はAmazonやアップルなど、GAFAと呼ばれる米国のIT企業が、日本企業とは桁違いの財務戦略、驚異の成長と競争優位性を確立してきた理由を、この「ファイナンス思考」を軸に展開しています。
日本でもスタートアップと呼ばれる企業は、特にこのファイナンス思考の発想で大きな成長を狙うべきでしょう。著者が指摘するように、過去とは環境がまったく違うのです。

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P/Lは見るもの、B/Sは読むもの

しかし、多くの中小企業の現場を見てみると、このファイナンス思考の実践には、まだまだ到達できるような状態ではありません。なぜならば、P/Lは理解できていたとしても、将来の投資計画はなく、B/S(貸借対照表)を正しく理解している中小企業経営者も、決して多くはないからです。P/Lは眺めて比較するだけで、その概要はわかりますが、B/Sはしっかりと読める力がなければ、その意味するもの、改善方法は見えてきません。「P/Lは見るもの、B/Sは読むもの」なのです。
最終的にファイナンス思考にいきつくために、中小企業はまず、この前提となるB/Sの理解を深めることが大事なのではないでしょうか。

あるメガバンクの方が、このような話をしてくれました。多くの中小企業経営者が決算後に銀行に決算書を持って、決算説明をしてくれます。そこで経営者の方が説明するのは、9割がP/Lのお話。ほとんどの経営者がB/Sについてまったく触れないというのです。しかし、金融機関は、P/Lではなく、B/Sの報告を期待しています。なぜなら、企業はP/Lではなく、B/Sで潰れるからです。企業の存続はB/Sの理解にかかっているのです。
そして、そのメガバンクの方は、「B/Sの理解とは、半年後の預金残高を言えるかどうか」とおっしゃっていました。この言葉も非常に重みがあります。

6か月後の預金はいくらあるのか

自社の半年後の預金残高を適切に予測することができるかどうか。ファイナンス思考が長期の未来志向であることを考えれば、半年後のB/Sの状態、少なくとも半年後の預金残高が予測できなければ話になりません。この予測をするためには、少なくとも下記の情報が必要になります。

  1. 6か月間の損益の適切な予測。売上、粗利益額(粗利益率)、固定費を把握しているか
  2. 月々の借入返済額、追加借入の予定額
  3. 損金にはならない、固定資産への投資額や売却額
  4. 売掛金回転期間、買掛金回転期間から予測される、売掛金、買掛金残高
  5. 棚卸資産回転期間から予測される、棚卸資産の残高
  6. 未払い計上している法人税や消費税の支払い、予定納税の支払い

この6項目の中で、P/Lに関することは1のみで、残りはすべてB/Sの内容です。この6項目が表現していることは、つまり、キャッシュフロー計算書の動きであり、資金運用計画表で把握すべき内容なのです。

まとめ

利益が6か月間で1,000万円増えるから、6か月後はキャッシュも1,000万円増えるだろう。このような誤った感覚では、金融機関からの信頼を得られないばかりか、目先の資金繰りにも困ることになってしまいます。経理、財務担当者は、経営者が未来への判断を間違わないように、正しい情報を上げることが求められます。そのために、B/Sを読める、そしてB/Sを改善できるようになり、ファイナンス思考実践の第1歩にしていきましょう。

この内容は更新日時点の情報となります。掲載の情報は法改正などにより変更になっている可能性があります。

著 者 税理士 川名 徹

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京セラ株式会社で営業・マーケティングを7年間経験後、毎月、中小企業2,200社の財務指導をしている古田土会計グループにて、会計・税務に携わる。 現在は、経営者向けの財務コンサルの他、同業者向けコンサル「会計事務所 経営支援塾」や、一般企業の経理向け「財務責任者 養成講座」などの企画・運営を行っている。

税理士法人古田土会計