WACC(加重平均資本コスト)の計算と活用のコツ 資本調達や企業価値評価への活用法を解説

WACC(加重平均資本コスト)の計算と活用のコツ 資本調達や企業価値評価への活用法を解説

企業が資金調達を行う場合、銀行などの金融機関から借り入れしたり、株式を発行したりするでしょう。一方、銀行や株主は当然ながら、これに対して相応の見返りを求めます。このような資本の調達にかかる費用について、株主資本と有利子負債の加重平均を使って求めるのが「加重平均資本コスト」(以下、WACC)です。WACCは、資金調達や設備投資の判断といったファイナンスの分野で使われる重要な指標となります。ここでは、WACCの概念や活用方法について詳しくご説明します。

WACC(加重平均資本コスト)とは

WACC(Weighted Average Cost of Capital、ワック)とは株主へ支払うコストと借入にかかるコストを加重平均したものです。資金を調達するには株式を発行する方法と社債や借入による方法がありますが、配当や利息の支払いといったコストが発生します。調達した資金で新たなビジネスや設備投資を行う場合、調達にかかるコスト以上に利益を出せないと、株主が期待する配当や銀行への利息の支払いが滞ったりする懸念があるでしょう。資本を調達して事業を行うのであれば、その収益率は必ずWACCを超えなければなりません。

株主資本コスト

株主に支払うコストを「株主資本コスト」と呼びます。株主資本コストの計算は少し複雑です。資金の出し手である株主は、インカムゲイン(配当)とキャピタルゲイン(株価の上昇益)の両方を期待していると考えられます。配当や株価の上昇は、将来の企業業績により発生するため正確な計算方法がありません。そのため、なるべく合理的な考え方に基づき計算するのですが、方法はいくつか考案されており、その中で有名などがCAPM(キャップエム)です。

CAPMは簡単に言うと、株式市場全体に求められるリターンに個別銘柄のリスク係数をかけ合わせたものです。一般的に、株主資本コストの目安は7~8%と考えられています。

有利子負債コスト

有利子負債コストは、金融機関からの借り入れや社債発行により発生する利息のことです。利息は契約時点で確定していますので、現時点で適用されている金利を用いるケースが多くなります。業種や企業規模によって当然異なりますが、平均的には2%前後になるでしょう。

有利子負債については下記記事でも詳しく解説していますので、合わせて参考にしてください。

経理プラス:有利子負債とは?負債との違いや計算方法を解説!

WACCの計算方法

WACCの計算方法は下記の通りです。

Gazou

株主資本は、株価に株式総数を掛けた時価総額で計算します。貸借対照表に記載される簿価(純資産)ではないので注意しましょう。有利子負債は、貸借対照表の負債の部より利子をつけて返済しなければならない負債の合計です。具体的には、借入金と社債です。株主資本コストはCAPMなどで株主の期待利回りを計算し、有利子負債コストは適用されている金利を使用します。どちらとも単位は%です。

ここで、有利子負債には(1-税率)の実行税率が加味されることに注意しましょう。これは、有利子負債の支払い利息は損金となり、節税効果があるためです。例えば利息5%、実行税率40%の場合、実際の有利子負債コストは3%になります。

WACCの活用・分析方法

次にWACCの活用方法についてご紹介します。WACCは資本調達にかかる加重平均コストですが、これは「見返りの最低水準」、つまりハードル・レートと言えるでしょう。設備投資の経済性評価や企業価値を算定するDCF法などでも、WACCは利用されています。

DFC法はM&Aや企業買収の際に、企業価値を評価する代表的な指標です。企業の将来キャッシュフローを見積もり、WACCで割引現在価値を算出するというものです。DCF法の解説は、下記記事を参照ください。

経理プラス:企業価値算定手法の代表格「DCF法」とは?

設備投資におけるWACCの活用方法

WACCは、企業の設備投資判断において重要な役割を担っています。設備投資とは、企業が事業のために用いる設備に対して行う投資のことです。工場や建屋といった固定資産が中心ですが、ソフトウェアなどの無形固定資産も該当します。設備の新設や増設、老朽設備の更新、省エネ、合理化、安全対策、品質向上など目的はさまざまですが、設備に対する投資は企業の競争力に直結する重要事項です。設備投資は多額の資金が必要であり、資金の回収期間、予測される収益と現在価値、合理化効果などを慎重に検討しなくてはいけません。

投資の意思決定にはNPV(Net Present Value, 正味現在価値)法が良く使われます。NPVは簡単に言うと、投資金額に対して将来期待できるリターンの現在価値が上回るかどうかを計算するもの。将来リターンの現在価値が上回れば、その投資はプラスのキャッシュフローをもたらし、下回る場合はマイナスのキャッシュフローとなります。将来期待できるリターンを時間的な価値を考慮し、割り引いて現在価値を算出するのですが、この割引率にWACCが使われるのです。

WACCは企業が資金を集めるのに必要なコストであり、当然ながら設備投資に求められる資金にも同様のコストが発生しています。WACCを上回れない投資であれば、トータルのキャッシュフローは赤字となるので、その投資は行うべきではないという結論になるわけです。

実際の実務では安全対策、環境対策、法対応、品質対策などに関連する設備投資はWACCを下回るケースがありますが、事業継続には必要な投資です。設備投資全体でWACCを上回れるよう、能力増強やコスト削減など戦略的な投資の割引率は、WACCより高く設定されることもあります。

WACCは低い方が良い?

WACCは資本調達コストなので、基本的に低い方が良いと言えるでしょう。WACCが低ければDCF法で計算される企業価値が高くなりますし、設備投資のハードル・レートは低くなります。通常、株主資本コストよりも節税効果のある有利子負債コストの方が低いので、有利子負債を増やせばWACCは下がります。実際に、有利子負債の多い電力業や運送業ではWACCは低く、有利子負債の少ない医薬品業や製造業全般ではWACCが高くなる傾向があります。

WACCを下げる観点からは有利子負債を増やす方が良いのですが、財務的な安全性の点からは問題があると言えます。なぜなら、返済義務のない株主資本(自己資本)が多い方が資金としての安定性が増すためです。

他に資本コストを下げる方法として、IRによる適切な情報開示を行うことで株主のリスク認識を下げ、要求するリターンを下げることも考えられるでしょう。企業としてはもっとも資本コストが低く、かつ、財務の安定性を損なわない最適資本構成を考えることが重要です。そして、この役割は財務部門が担っています。

まとめ

WACCについて、考え方や計算式など基礎知識から活用方法まで詳しく解説しました。WACCは、企業買収における企業価値評価や設備投資の判断などに使われる重要な指標です。そのため、考え方についてしっかり理解しておきましょう。

この内容は更新日時点の情報となります。掲載の情報は法改正などにより変更になっている可能性があります。

著 者 柴藤 唯人

柴藤唯人様

大手製造業(鉄鋼メーカー)の経理財務担当として勤務。財務系は固定資産管理、棚卸資産管理、一般会計を担当。また、原価系は原価計算、月次、半期予算、中期計画、コスト分析、損益分析を経験する。管理職昇進後は会計実務からは離れて、公認会計士対応や内部統制、原価は全体のコスト総括や損益総括を担当。工場だけではなく営業へも情報を提供するなど、販売戦略にもかかわる。日商簿記1・2級保有。